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明治22年(1889)、福島県の農家に生まれた遠藤新は、地元有志の後ろ盾を得て、仙台の第二高等学校から東京帝国大学建築学科に学びました。利発な青年は、すでに在学中にフランク・ロイド・ライトの作品を知り、衝撃を受けたといいます。そして、来日中だったライトと運命的な邂逅を得て、すぐさまライトに伴って渡米、タリアセンで約1年半、師の建築哲学にじっくり触れます。誠実で有能な弟子だった遠藤をライトは「エンドーサン」と呼び、信頼していたと言われています。帰国後、「帝国ホテル」の完成に尽力し、現場でライトの哲学・有機的建築の神髄をさらに深めます。遠藤は生涯、その精神を守り、日本に根差した独自の建築を模索しながら精力的に設計活動を行いました。
生誕120年を過ぎた今もなお、日本ではライトと同一視されるほど、遠藤の作品の中には師の面影が生きています。今号は多くのエピソードを通して、今まで知り得なかった豪放磊落、天衣無縫といった遠藤の素顔を浮き彫りにしています。
本誌では、ライトから受け継いだ有機的建築の考え方がうかがえる「甲子園ホテル」、「小宮一郎邸」、「目白ヶ丘教会」を紹介しています。
写真上:
「甲子園ホテル(現・武庫川女子大学甲子園会館)」(1930)
このホテルは、帝国ホテルの支配人だった林愛作が理想とするホテルとして建設されました。客室棟を東西に配し、パブリックスペースでつなぎ、内から外へと緩やかに全体がまとめられています。現在は、6年制の建築学科がある武庫川女子大学の甲子園会館として使われています。
写真は南面外観です。彫刻を施した列柱がいかにもライト的な雰囲気を醸し出しています。
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